作詞家の必須条件

ある意味、諦めが悪いこと。ある意味、諦めが良いこと

作詞家になるには、相反するこの二つが必要なんだと実感する今日この頃です。

諦めが悪いこと

今現在、作詞家さんの需要はそんなに多くありません。アーチストさんご自身で書かれたり、ディレクターさん等が知り合いの決まった方に発注したりで、まだまだ発展途上(もう、ほんと、大器晩成?もいいとこなのは内緒)で新人に毛の生えたくらいの私にはコンペに挑戦する事さえ難しいです。

でも、そこで諦めてしまったら、ゼロになってしまいます。諦めるのは簡単ですよね。書くのを辞めちゃえばいいんですもん。でも、いつか、街中に自分の書いた言葉が溢れるように聴こえてくるのを想像したら、そんな事、出来やしません。本気で作詞家になりたいって思ってから何年、何十年経っているんだろうって思うと怖くなるけど、諦めの悪さだったら誰にも負けません!そうしてアンテナを広げて生活していると、必ずチャンスはやってきます。大なり小なりね。それを見逃さずにグッと捕まえなきゃ!って思ってます。

きっと80歳になっても90歳になっても、作詞家になりたいって思っていると思います。例え今よりダメになっても今より少しだけ書ける人になっても、もっともっとたくさんの人に聴いてもらえる曲に書けるようになりたいって思ってるはずです。

なぜなら、私は諦めが悪いから(笑)

 

諦めが良いこと

これは、作詞コンペや誰かから作詞を頼まれた時等の話です。

コンペに出し終わったら、出した事さえ忘れるくらいでちょうどいいんじゃないかと思います。忘れちゃいましょう

もちろん、自分の作品に思い入れがないわけじゃありません。気に入って欲しいし、コンペに採用されたいのは当たり前です。ですが、選ぶのはディレクターさんであり、アーチストさんであり、プロデューサーさんであり、自分ではありません。運もタイミングもあります。

昔、どんなに美味しいラーメンでもカレーライスが食べたい人に勧めても無駄!!と言われて、なるほどなぁ~と思った事があります。もうカレーライスを食べるスプーンまで用意してるかもしれないので、どんなに時間をかけた魚介スープでも豚骨でも多分見もしないと思います。

それと同じで、オーダー先のディレクターさんが欲しいものが書けてなかったら、どんなに素晴らしい良い作詞でも採用されないのは当たり前です。(あ、自分の作詞が良いって事じゃないですからね^^;)

また、知り合いから頼まれて書いた時にこんな事がありました。

「内容はお任せ」と言われたので、曲を聴いたイメージで応援歌を書いたんです。そうしたら、2曲応援歌が続いたから、今度はラブソングがいい・・と、ナオシが・・そこで、「お任せっていったじゃないか!」って言ったって始まりません。相手はラブソングに舵を切ったのです。あ、そうなのね、じゃ、ラブソングにしてみよう♪ってすぐ方針転換です。そう思うと同じ曲でもラブソングに聴こえてくるから不思議です。。

ダメじゃなくて、その作詞のタイミングじゃないって事なんですよね。

なので、コンペは出し終わったら終わり。頼まれても、臨機応変に。

なぜなら、私は諦めが良いから♪

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