カップラーメンと遺影

あれから何年が経ったのだろう。

どんな人が亡くなっても悲しくせつないが、とりわけ赤ちゃんの頃から知っている彼が
まだ21歳という若さで棺に入っている・・・というのは何ともたまらないものだ。
棺を花で飾りながらそっとその髪に触れた冷たく硬い感触がまだ脳裏に生々しく残っている。

仕事帰りの真夜中の交通事故。
視界不良で衝突し、軽自動車に乗っていた彼はほぼ即死だったという事だ。

彼にはHという親友が居て、その親友が大きく殴り書きした
「いつまでもダチだからな!」という、少し何かのドラマみたいな文字が棺の彼の胸の上に置かれていた。
若さの純粋さというか、何が何でも書かずにいられないというか、そこに置かずにいられない・・・そんなふうに。

そして、その親友は、彼が亡くなったその日から昼も夜も彼の側を離れず、
毎日毎日号泣していたそうで、葬儀の席も家族席に座って、一緒に挨拶をして。

祭壇をみると、そこにはなぜかカップラーメンが供えられていた。
普通は果物とかが供えられる場所に。
聞けば、真夜中に仕事から帰ると先に寝ている両親を起こさず、
一人でカップラーメンを食べて寝るのが楽しみで習慣だったらしい。
きっと昔から人一倍食いしん坊だった彼に何よりと思ったのだろう。
そんな気持ちが伝わって、その配慮もまた胸を締め付けた。

斎場から火葬場へ向かう時、親友のHが彼の遺影をこれでもかと高く掲げていた。その遺影も数ヶ月前の彼の兄の結婚式の時に撮ったもので、私も出席していて、そのスーツで笑っていた彼を知っているので、それが余計せつなさを増加させていた。

参列している400人以上(明るく人懐こい彼の愛すべき性格が呼んだのだろうが、あまりに大勢で驚いたのを覚えている)とも思える数の友達、知り合いに向かって、
「見てくれ、俺の大親友の、ダチの顔を忘れるなよ」と言うかのように。
悲しげに、でもすごく誇らしげに・・・。

彼も親友のHがずっと側に居て心強かっただろう。

彼の父親が葬儀の挨拶で、
「こんなに多くの人たちが息子を慕って葬儀に来てくれたのは私にとって
大変な驚きで、もし私が亡くなったとして、果たしてこれだけの人たちが
弔問に来てくれるだろうか。いや、今の私では無理だろう。
息子を見習って私もこれから多くの人たちに慕われるように生きていきたいと思う」
そんなふうに話していた。
彼は、彼の存在は、彼の父の心に何かを届けたんだと思った。

21歳で亡くなるなんて悲しすぎるし、まだまだ山ほどやりたいこともあっただろう
と思うと本当にいたたまれない。そしてまた、そんな彼の運命を受け止め、
歩こうとしてる家族(親友も)を目の当たりにすると、なんともいたたまれなくなる。
元気でいて・・・と胸の中で祈って帰路についたのだった。

あれから時々・・
彼の地方の方言を聞くたび、同年代のコの人懐こい笑顔を見るたび、
スーパーやコンビニの並んだカップラーメンを見るたび、
彼の屈託のない笑顔とあの冷たい額の感触がいまだに浮かぶ。
きっと彼を知る人たちもこうなんだろう。

例えどんなに強く思っていても、きっと時間が少しずつ薄めていってしまうのだから
せめてめいっぱい思い出していよう。

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